教育・子育て

母と子のケミストリー|自分で考え行動する子に育つ3つのヒント

うちの娘、ハーバードざますの、
オホホ~♪
 
 
うちの母が、スネオ君のママだったら、
きっとこんな感じだったのかもしれません。
 
 
しかし、うちの母はといえば…
 

わたしのハーバード留学中、
近所のひとにもわたしのことを
ひた隠しにしていました。
 
わたしは、
親に勉強しろと言われなくても、
勉強する理由を自分で見つけて、
勝手に勉強する子どもでした。
 
 
「どうやって育てられたの?」
とよく聞かれるのですが、
 
 
わたしは、育てられたというより、
「母と子のケミストリー」の産物だと
思うんですよね。
というわけで、今日は、
ユキコ母の言動を振り返りながら、
「自分で考え行動する子に育つヒント」
について、考えてみたいと思います。
 
 
リアルなユキコ母を知るひとは、
母を思い浮かべながら読んでください。
違和感ないはず。笑
 

東大?どっちでもいい、興味ないわ。

 
高校一年生のときのこと。
わたしは、県下一の進学校に通っており、
入学当初、学年で20番目くらいの成績でした。
 
 
入学後、最初の三者面談でも、
担任だった柔道部顧問のM先生に、
こう言われたのです。
 
 
「お母さん、
このままいけば、東大も十分狙えます」
 
 
これに対し、ユキコ母は、
 
 
「先生、わたしは
子どもの教育には興味がなく、
全て主人に任せています。
 
 
本当は、
今日も来たくなかったのですが、
主人が出張で仕方なく…。
 
 
(↑ その場を取りつくろう、
ということを知らないKYなユキコ母)
 
 
娘には、勉強するくらいなら、
もっと家の手伝いをやってほしいです」
 
 
と言い放ったのです。
 
 
これにはM先生も、何も言えず苦笑い。
 
 
そして、帰り際には、このひとこと。
 
 
「ねえ、ユキは東大行きたいの?
おかーさんは…どっちでもいい。興味ないわ」
 
 
ユキコ父はサラリーマン、
ユキコ母は専業主婦だったので、
家の手伝い、というのは、
家業/商売の手伝いではなく、
リアルに「家(事)の手伝い」のこと。
 
 
まもなく40歳になろうとする娘にも、
いまだに同じこと(=お手伝いしてほしい)を
言っているという…
 
 
成長していないのは、どっちもどっちか?
 

子どもの受験に興味はないけど

 
 
担任に東大射程圏内といわれていたわたし。
しかし、時間の経過とともに、
学業成績は下降線をたどる一方。
(数字で示すと、20→400位代/500人中)
 
 
高3になり、周囲も、わたし自身も、
このままいけば浪人確定だろうなあ、
と思っていたところ。
 
 
小賢しい子どもだったわたしは、
私立専願でいけば勝算がある!と思い、
 
 
「私立専願でいきたい」
 
 
と申し出てみたところ…
 
 
 
ユキコ母から返ってきた答えは、
 
 
 
「どうせ浪人するんだから、
今年は、国立も受けたら?」
 
 
 
という何ともクールでドライな回答。
 
 
 
反論・反抗するだけの気力も根拠もなく、
そこは素直に母親に従うことに。
 
 
センター試験、私立2校、国立(前期)と
一通りの試験も終わってあくる日。
 
 
母がわたしに差し出したのは、新聞の朝刊。
 
 
テレビ欄の横にでている
代々木ゼミナールの広告を指差して、
 
 
「これ申し込んどいたから」
 
 
指さす先をよ〜く見ると、
そこには「特待生試験制度」の文字が。
 
 
まだ合否も発表されていないのに、
もう娘は浪人することに決まっている。
子どもの教育には関心ないと言いつつ、
こういうところはシッカリしているユキコ母。
 
 
(←テレビ欄の横だったから気づいたんだよね。
うちのお母さん、新聞読まないもん)
 
 
その後、代ゼミ様より、
「学費免除」の連絡を受けたときの
喜びの顔ときたら!
 
 
生涯、忘れられません。
 

浪人して、来年、受からなかったら…?

 
 
結局、わたしは第一希望の国立に落ち、
家計を思うと、やはり国立がいいかなー、
代ゼミの特待生クラスに行くのかなー、
と思っていたところ。
 
 
堅実なユキコ父から、
 
 
「浪人して5年かけて国立に行くなら、
東京でも私立を4年で卒業してくれれば、
経済的な負担は変わらない」
 
 
と言われ、ユキコ母からは、
 
 
「ねえ、もう一年勉強なんてできるの?」
 
 
「浪人したのに、来年、もしも
KOに受からなかったら恥ずかしくない?」
 
 
ん、何、その斜め上からコメント?
 
 
でも、実際、痛いところを突かれたわたし。
 
 
「それは確かに恥ずかしいよね」と思い、
浪人はせず、進学することに。
 
 
そして、上京するとき、
ユキコ母に約束させられたのは、
 
 
「留年と妊娠は絶対にダメ」
 
 
…留年はともかく、
「妊娠」って発想はどこから来たの…?
 

そんなに勉強して、何になりたいの!?!

 
 
さらに時は流れ、2009年。
 
 
わたしが「アメリカに留学しようと思う」
と母に告げたところ、返ってきた答えは、
 
 
「中学生のときから、
大学院留学したいって言ってたけど、
まだ覚えてたの!?!」
 
 
「30歳も過ぎて、まだ勉強するの?」
「そんなに勉強して何になりたいの?」
 
 
3つ目の質問は、意外と本質を突いていて、
これまた、耳が痛かったり。
 
 
その後、ハーバードに
進学先を決めたことを告げると、
 
 
「ジョージ・ワシントン大学しか知らない。
アメリカの大統領だから」
 
 
という、また明後日な方向の答えが。
 
 
わたしが進学した大学院は、
Harvard John F. Kennedy School of Government
ケネディだってアメリカ大統領じゃん?
 
 
とは、もちろん言いませんでしたけどね。
 

「自分で考え行動する子」に育つ3つのヒント

 
こんな感じで、
ユキコ母は、わたしの教育には、
全く関心がありませんでした。
 
 
こうして書いてみると、
むしろ否定的だった気すらしてきます。笑
 
 
が。
自分も子をもつ親になってみて、
ユキコ母が素晴らしかったなと思うのは、
 
 
1) 一貫性がある
 
 
→教育についてだけですけど。
他のことは一貫性がないことも多々。笑
 
 
この「一貫した無関心さ」が
わたしの「自分で何とかしなければ!感」に
つながっていたように思います。
 
 
2) 主語は常に「私」
「自分の意見」として発言する
 
 
→ ユキコ母は、基本的に自分中心なので、
「あなたのためを思って」とか言いません。
 
 
仮にそのようなことを言ったとしても、
娘のわたしには、本心でないことがわかる!笑
 
 
(そう、あなたのお子さんにも、
きっと見透かされてますよ。だから親の言うこと、
素直に聞かないんですよー)
 
 
 
3) 質問力がある
 
 
→ 母からの耳の痛い問いかけに、実際、
その後の道を考え直したことは多いです。
 
 
母としては、自分の言いたいことを
言っていただけなのかもしれませんが、
 
 
その無意識さで、かえって、
質問のキレキレ感が
増していたように思います。
 
 
親のしごとというのは、
色々あるのでしょうけれど、
 
 
上に挙げた3つは、
「自分で考え行動する子ども」に育つための
(「育てる」ではなく「育つ」のです!)
示唆になるのではないかと思います。
 

母と子のケミストリーもだいじ!

 
 
その一方で、
お母さんもお子さんも十人十色なので、
「組み合わせ」「相性」という要素も
見逃すことができないポイント。
 
 
母とわたしの場合、
過度に期待されず干渉されない
この距離感が
いい方に働いたと思いますが、
 
 
どんなお母さん、お子さんにも
これが当てはまるとは思いません。
 
 
自分の子どもが、
どういった資質をもつ子どもなのか?
 
 
これをしっかり見極めていくと同時に、
 
 
お母さん自身が、
自分はどういった人間なのか?
 
 
といったこともしっかり認識することが
重要かなと思います。
 
 
だって、”母と子”のケミストリーですから。
 

「自慢の娘」にはなれないわたし。でも…

 
 
ちなみに、ユキコ母にとって、
わたしは自慢の娘でもなんでもなく、
どちらかというと、
 
 
「こんなはずじゃなかった」
「どうしてこうなっちゃったの?」
 
 
という感じの位置づけになっています。
 
 
わたし自身は、自分の人生、
けっこういい線いってるじゃんと
自分で思っているので、
 
 
これが逆じゃなくてよかった!
と心から思うのです。
母にとっては自慢の娘なのに、
一方の娘の自己肯定感はものすごく低い

こんな不幸なことってないと思うんです。

 

さて、わたしは、
ムスコとどんなケミストリーを
おこしていこうかな?

 

楽しみです。